活動の報告

「旧夙川学院短期大学解体工事に伴うアスベスト粉じん飛散による周辺地域の発がん過剰リスクについての報告書

中皮腫・じん肺・アスベストセンター事務局長 永倉冬史」要約

ストップ・ザ・アスベスト西宮 上田 進久


 この報告書は中皮腫・じん肺・アスベストセンター事務局長の永倉冬史氏によって作成され裁判に提出された。
 永倉氏は1999年のさしがや保育園のアスベスト曝露事件において専門家による検証委員会に参加して報告書を作成した経歴を有する。
 本件のような違法解体に伴うアスベスト飛散において、住民はほとんど証拠を有しておらず、裁判に訴えたとしても健康被害を立証することはほとんど不可能である。
 このようなアスベストに特有な課題に対して、様々な状況証拠や文献資料に基づいてアスベスト曝露による健康リスクを検証することは極めて重要である。
 この報告書は「文京区立さしがや保育園アスベスト曝露による健康対策等検討委員会報告書」や車谷・熊谷による「尼崎市クボタ旧神崎工場周辺に発生した中皮腫の疫学評価」などの解析手法を参考にして検討された。
アスベスト粉塵濃度に関しては、休日や昼夜などの作業時間帯にも配慮し、雨天の場合は、雨量によって飛散が減少することなども考慮し、あくまでも科学的に公正な立場で検討されたことが伺われる。
 このような検討の結果、解体現場周辺地域における発ガン過剰リスクは1万人あたり数人程度と推定された。アスベストの場合は低濃度でも発病するため安全基準や閾値はない。一般に発ガン性物質の環境基準は、10万人あたり1人の発ガン確率レベルで示されている。
 すなわち、本件において推定された発ガン過剰リスクは、環境基準を10倍上回るリスクと評価されたのである。
 判決において「解体時には相当量のアスベストが存在し、その一定量が飛散した」ことが事実認定されたにもかかわらず、西宮市は事後対応についての協議を拒否している。
 今後の被害拡大を予防するために、この報告書などに基づいた専門家による検証がなされ、その結果が公表されることが求められる。
 以下に報告書を要約した。

1)はじめに

 本報告書は、旧夙川学院短期大学(以下、夙川学院という。)解体工事に伴い、工事現場から発生したと考えられるアスベスト粉じんにばく露した周辺住民の、工事期間中の発がん過剰リスクを推定するものである。
当該工事は、事前の周辺住民への工事説明会において、レベル3建材は一切ないとして解体工事が行われたものである。
 しかし、2015年8月31日、唯一残されていた9号棟の内部調査を、裁判所による証拠保全手続きに基づいて行ったところ、事前の工事説明会では無いとされていたレベル2のアスベスト含有空調ダクトパッキンが確認された。
このことから住民は、裁判所を通じて施工業者へ設計図書の開示を請求し、1,2,3,5,8,9、10,11,12号館、学生寮等の設計図面を入手した。
 その設計図面を精査したところ、当該工事で粉じん対策がとられ除去されたアスベスト含有レベル1建材を除き、それ以外にレベル1が10か所、レベル2が9か所、レベル3が137か所の、アスベスト含有建材と確認できる建材の存在が明らかとなった。
 そのほかに、レベル1の疑いのある建材10か所、レベル3の疑いのある建材は328か所に及んだ。
 これらのほかにも、この図面調査では、レベル2建材に該当する配管保温材や空調ダクトの接合部分のパッキン等は除外されていることから、それらのアスベスト含有建材は大量にあったと推定された。
 そこで、本来、躯体の解体工事に先行して行われるべきアスベスト含有建材の撤去が、粉じん対策が行われずに解体工事が行われた場合に、周辺にどの程度のアスベスト粉じんが発生して、それによって周辺住民にどの程度のアスベスト粉じんによる発がんリスクが増加したと想定できるかを試算した。

2)確認できる事実

 解体工事の全貌は工事業者が作業日報などの工事状況を記録した書類をすべて紛失したとして明らかになっていないため、西宮市に提出された書類や、発注者である(株)創建が住民説明会で配布した工程表などを参考にし、2013年6月から2014年2月末と仮定した。
 これらの除去工事について、一部を除いてレベル1およびレベル2、レベル3建材は全くないとの説明に基づいて撤去解体工事が行われていることから、石綿障害予防規則及び大気汚染防止法に基づくアスベスト粉塵対策は行われていない。さらに、アスベスト含有建材は存在しなかったという前提で撤去工事が行われていることから、本来石綿含有廃棄物として廃棄すべき大量の石綿含有建材が、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(廃掃法)に反し、違法に一般産業廃棄物として廃棄されたものと考えられる。

3)飛散したアスベスト粉塵濃度の推定

 本件のようにアスベスト非除去解体において飛散したアスベスト粉塵濃度については、「昭和62年度建物解体等アスベスト飛散防止対策調査報告書」を参考にして、レベル1や2の除去工事の敷地境界におけるアスベスト粉塵濃度を1リットルあたり440本、レベル3の場合は1リットルあたり75.4本と推定した。
 これらは、過去に実際に測定された濃度であるが、解体工事の現場で飛散対策がとられたものの対策が不十分な事例の値であって、本件のように防止策が全くとられずに解体された場合には、その代入値は過小に評価されていると考えられる
 また、これらの推定値は、過去の吹き付けアスベスト除去工事が失敗した事例として、名古屋市内の高層ビル解体で1リットルあたり1500本、大阪市御堂筋沿い商業ビルで310本、仙台市内のホテル解体で360本の敷地境界での測定値と比較して、その妥当性が確認されている。

・その他の仮定
 アスベストが除去されないままに解体が強行された場合には、一般に解体工事において、レベル1および2が存在する建物で、粉塵対策がとられずに重機解体がされた場合、レベル1および2建材は破砕され、周囲に散乱し、真空掃除機等で清掃され回収されることがないため、アスベストのかたまりや小片、微細な粉塵として存在し続けることになる。
 散乱したアスベスト小片の上を重機等が移動を繰り返しながら躯体の解体作業が続くと考えられる。アスベストのかたまり、小片およびアスベスト繊維等による汚染は、重機ががれきの上を移動し、作業者がその上を歩き回る等の移動をし、さらに作業者ががれきをスコップ等によって移動させる、もしくは撤去し、廃棄物としてトラックに荷積みするたびに拡散し、工事区域全体に広がることが予想される。
 また、当該現場近くの住民の証言によれば「建材は無造作に破砕された後、大きいフォーク状のパワーショベルでふるいにかけるように何度も何度も揺すられて、次にそれより小さいフォーク状のパワーショベルでふるいにかけられ、さらにそれより小フォーク状で…という状態でした。一日中ただふるいにかけられていた、そんな日もありました。何度ふるいにかけられたかわからないくらい揺すられて分別され、金属は金属でまとめられ、最後にトラックに積まれて運ばれていきました。」とある。
 他にも周辺住民により動画が撮影されているが「ガタンガタンという衝撃音とともにキラキラとした大量の粉塵のかたまりが次々と飛来してきた」とある。
 これらの証言から、想定される周辺のアスベスト粉塵濃度は、当該建物が重機解体される間は減衰することなく維持されると仮定した。

・周辺濃度の天候等による影響
 アスベスト粉塵飛散に関しては、昼夜別の作業時間帯や休日にも配慮し、さらに天候による影響にも詳細な検討がなされている。
 神戸地方気象台による資料を参考にし、雨天の場合は50%、大雨で30%,土砂降りでは飛散なしなどと、雨量によって飛散が抑制されることを考慮した。さらに風向きについては環境省の大気汚染物質広域監視システム(そらまめ君)の詳細な記録を分析し、粉塵飛散に対する風向きの影響は工事期間中各方向へまんべんなく拡散しそれぞれが相殺される結果、同心円状に拡散減衰されたと考えられるとした。
 これらを検討した結果、本件現場周辺でのアスベスト粉塵濃度は、尼崎市クボタ旧神崎工場の敷地境界における濃度の約1/3程度であったと推定されるとし、工事現場からの距離減衰については減衰モデルや尼崎クボタの報告などから、風下方向では500m~1kmの距離でも10%程度の濃度は観測されるとしている。

4)飛散したと考えられる石綿の種類と被害の想定について

 使用されていたと考えられるアスベストは、クリソタイルの他にアモサイトやクロシドライトなどの最も発ガン性の強いアスベストが含まれていた。

5)リスク値の算定

 上記の様々な条件を推定して総曝露量を計算し、いくつかの代表的なモデル(学童に関するものも含む)のリスク値の算定計算式にあてはめて発ガン過剰リスクを評価した。
その結果、工事現場敷地境界におけるリスク値は下記のとおりであった。
・WHOモデルでは、喫煙者1万人あたり1.2人、非喫煙者0.71人
・EPAモデルでは、1万人あたり4.0人
・Hughesモデルによる学童のリスク値は、1万人あたり6.4人と推定された。

6)結論(原文のまま)

 当該工事現場周辺の解体工事期間中のアスベスト粉じんによる過剰発がんリスクは、敷地境界濃度で最大10-4レベルが想定される。さらに、風下方向にアスベスト粉じんは広く拡散し、1キロメートルほど離れても10%程度の汚染があったと想定される。
 大気汚染の環境基準としては、環境基準を定めるにあたって、閾値が無い物質については、暴露量から予測される健康リスクが十分低い場合には実質的には安全とみなすことができるという考え方に基づいてリスクレベルを設定し、その際、国内外で検討・評価・活用されている10-5の生涯リスクレベル等を参考にし、専門家を含む関係者の意見を広く聴いて、目標とすべきリスクレベル、すなわち環境基準とするという考え方が浸透している。(「今後の有害大気汚染物質対策のあり方について(中間答申)」中央環境審議会平成8年1月30日)
 当該工事による周辺の汚染は、発がん環境汚染物質の環境基準とされる10-5レベルを10倍以上上回る環境汚染があったと考えられ、今後の住民の健康対策等が検討される必要があるレベルとなっている。
 一方、前述したように、2005年6月、兵庫県尼崎市のクボタ旧神崎工場周辺には、工場からのアスべスト粉じんの飛散が日常的にあったと考えられ、多くの周辺住民に甚大な被害が発生し、今も新たな被害が発生し続けている。
 アスベスト粉じんは呼吸気管を通し体内に吸引され、長期間排出されることなく蓄積し、30年から40年に及ぶ長い潜伏期間の後重篤ながんが発症するとされる。
これらのことから、今回の工事を行った責任者は、今後工事周辺住民に対し長期に継続した健康対策の実施をする必要があると考える。
 なお、前記のとおり、本報告書によるリスクの算定は、工事の全貌が不明瞭なため仮定によらざるを得ない部分が多くある。工事の詳細な工程を示す資料が開示されれば周辺住民の健康リスクがより精緻に評価できる。工事業者及び開発業者は解体工事が周辺住民らに重大な健康被害のリスクを負わせることに鑑み、誠実に情報開示に協力すべきであることを付言しておく。


「旧夙川学院短期大学解体工事に伴うアスベスト粉じん飛散による周辺地域の発がん過剰リスクについての報告書 中皮腫・じん肺・アスベストセンター事務局長 永倉冬史」要約(PDFファイル)


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